フルレンジスピーカーや同軸スピーカー、仮想同軸スピーカーなどが音像定位に優れたスピーカーであると言われています。理屈からもこれらのスピーカーが音像定位として有利であることは確かですが、ルームアコースティックによる左右チャンネルの周波数特性の不一致が音像定位を不明瞭にしている大きな原因であることを見逃しがちです。
室内音響の定在波対策はスピーカーの高音質化に効果絶大の最優先課題では、ルームアコースティックにより周波数特性が著しく乱れることを書いていますが、この記事では周波数特性の乱れ方は左右チャンネルで同じではないことが原因で音像定位が不明瞭になることを書いています。左右チャンネルの周波数特性を揃えることで音像定位は大幅に改善します。
音像定位が不明瞭になる原因
音像定位の良し悪しの原因は次のような要素が考えられます。
- 音源(音楽メディア)そのものの品質
- 再生装置(オーディオ)の品質
- 再生環境(ルームアコースティック)の品質
音源そのものの場合は基本的にどうしようもありませんし、再生装置に問題があるのであれば交換することで改善します。
スピーカーで聴く場合にヘッドホンで聴くよりも音像定位が不鮮明であると感じるならば、スピーカーの性能を疑う前に再生環境(部屋)に問題がないか確かめてみることが大切です。耳元に届いている周波数特性が左右チャンネルで異なると音の高さに伴って音像が移動するため定位は不鮮明になります。左右チャンネルの周波数特性が揃うと音像は移動せずに定位感が高まります。
この記事では、センターに定位した音源でも左右チャンネルの周波数特性が異なるとセンターに定位せずに音程によって左右に動くことをわかりやすく説明しています。
あなたの左右スピーカー ペア、同じなのは見た目だけ
左右2台のスピーカーの周波数特性が異なれば、音のフォーカス(定位)は定まりようがありません。
「ペアで同時に手に入れた2台のスピーカーの音が違う訳がないだろ!」
スピーカーは音楽をはじめとする音を聴くための道具。聴く人の耳に正しく届いてはじめて役目を果たします。その意味では100%と言っていい程に左右それぞれのスピーカーから耳元に届く音の特性は異なります。(ステレオ音源だったら違って当然という話ではありません。機械としての素の特性という意味です。)
「また、そんな重箱の隅を突くような話で煽らないでよ」
いえいえ、そんな細かい話ではありません。
まず最初に経年劣化により個体に差異が生じている可能性です。
よくあるケースは何らかの原因で片側のツイーターから全く音が出ていなかったというパターン。または音は出ていても経年劣化でスピーカーユニット個体に差異が生じる可能性は普通にあり得ます。
経年劣化以外にも接続や設置の人為的なミスもあります。ありがちなのはスピーカーケーブルのプラスとマイナスを逆に接続するパターンです。右と左のスピーカーを逆に置いて長年聴かれていたケースも実際にあります。音楽を聴かせてもらって「アレッ?左から聴こえるはずの音が右から!」、聴き進めていくとウッドベースが勝手に動きながら演奏しだしました!(本当はウッドベースは定位置で演奏しているはずですが。。。)
「スピーカーはそんなに古くないし接続や設置もちゃんとやってるから問題ないだろ」
スピーカーやその他のオーディオ機器は問題なくても耳元に届く音は空気を介して変化し左右異なる特性になってしまうのが通常です。
部屋で聴いている音はスピーカーからダイレクトに届く音以外にも壁・床・天井や家具などに反射して届く音も含まれます。スピーカー設置も含めて完全に左右対称な部屋でない限りは反射のしかたは左右異なります。
下の図は、リスニングポジションで測定した左チャンネル(赤)と右チャンネル(右)の周波数特性です。
念のため補足しますが左右チャンネル共に同じスピーカー(ADAM S2V)です。ところが測定してもわかるとおりに左右チャンネルの周波数特性はかなり異なっています。1kHz以上は概ね同じですが、1kHz以下では差異が見られ特に220Hzあたりの差は顕著です。
周波数特性にピークやディップが発生するのは部屋の定在波によるものですが、周波数特性のグラフが示しているようにスピーカーを置く位置でピークやディップの現れ方は異なります。
音楽鑑賞専用のオーディオルームを所有しているなら、部屋に対してスピーカーを左右対称に配置することで左右チャンネルの周波数特性を近づけることはできますが、家具類の配置を含め室内を完全に左右対称にすることは現実的ではないため配置だけで周波数特性を揃えることには無理があります。
左右チャンネルの周波数特性に差異が生じていることは上図を見ればわかりますが、これによってどんなことが起こるかはイメージし辛いと思います。
「それくらいの違いはあるやろ。音楽を聴いて楽しむのに何の関係があるん?」
左右スピーカーの周波数特性(正しくは耳元に届いている音で、伝送周波数特性などと呼ばれる)が異なった状態で音楽を聴くことは、カメラで例えるとフォーカスの合っていない”ピンボケ”写真を見ているのと同じです。
カメラはオートフォーカス機能の一般化により誰にでもピントの合った写真が撮れます。しかしオーディオの場合は、どれだけ高級な機種でもオートフォーカス機能を搭載したスピーカーはほとんど存在しません。
左右チャンネルの周波数特性が不揃いだと音がピンボケになる理由
真正面(センター)でギターを「ド」→「ミ」→「ソ」と順に弾いている音源を聴くとしましょう。本来ならギターの音は全てセンターから聴こえてくるはずです。
前述の周波数特性グラフを思い出してほしいのですが、部屋の影響により左のスピーカーから届く音は「ド」が強調され右のスピーカーから届く音は「ソ」が強調され「ミ」は左右均等に届くとしましょう。
すると、「ド→ミ→ソ」の演奏は左→中央→右と移動して聴こえることになります。
次にドミソを同時に弾く(和音)と音は左からも右からも中央からも届くため定位(位置感)は単音で弾いたときよりも曖昧になります。
単音の場合でも早いパッセージの演奏になると音の高さによって聴こえる位置が移動するというよりも和音の演奏と同様に位置感がぼやけて聴こえます。
とてもシンプルな話ですね。
ソロ演奏の場合でさえこのように位置感が不明瞭になるのでバンド演奏の場合はこれに輪を掛けた状況に陥ってしまい、その結果、演奏全体の定位(位置感)が不鮮明になります。正に”ピンボケ”な音です。どれだけ高価な高性能なスピーカーとて同じことです。
CDに入っている音が鮮明でも
聴いているのはピンボケな音です
先にベースが動きながら演奏していた話をしましたが、正にこのような状態が顕著に現れた結果だったと思われます。これは極端な例ですが、訪問先で多かれ少なかれ同様の現象が起きていたことは幾度となく経験しています。
ピンボケ(あまい音像定位)は位相の乱れでも起こりますが、左右チャンネルの周波数特性を揃えることが先決です。同軸スピーカーで解決できる問題ではありません。
優れた位相周波数特性の高音質スピーカー:HEDD Audio
左右チャンネルの周波数特性が一致していないこととその悪影響について説明だけではピンと来ないかもしれないので、次にシミュレーションした音を聴いてみてください。
左右チャンネルの周波数特性が異なる場合の音像定位のシミュレーション
左右チャンネルの周波数が揃っていないと音像定位が不鮮明になることの説明として以下のようなシミュレーションを行いました。
パラメトリックイコライザーを使って仮想で左右チャンネルで異なる周波数特性を作成。
- 左チャンネルの周波数特性の例として、261Hz(ドの音)に鋭いディップを、392Hz(ソの音)に鋭いピークを持たせる。
- 右チャンネルの周波数特性の例として、261Hz(ドの音)に鋭いピークを、392Hz(ソの音)に鋭いディップを持たせる。
左右チャンネル周波数特性のピークと同じ音程を持つセンター定位の音源(WAVファイル)を作成する。
- Audacityのジェネレーター機能を使って単音(ド、ミ、ソ)と和音(ドミソ)をセンター定位で作成してステレオのWAVに書き出す。※参考記事:Audacityのジェネレーターでサイン波のドミソを演奏
Audacityで書き出したWAVをパラメトリックイコライザー オンの状態とオフの状態で聴き比べる。
必ずヘッドホンやイヤホンで聴いてください。スピーカーで聴くとリスニング環境の影響で想定外の結果になります。
- イコライザー オフ=左右チャンネルの周波数特性がどちらもフラット
-
センター定位で聴こえるはずです。(ヘッドホンで聴くとルームアコースティックの影響を受けないため)
- イコライザー オン=左右チャンネルの周波数特性が異なる
-
センター定位の音源にもかかわらず、ドが右から、ミがセンターから、ソが左から、ドミソの和音は左右バラバラの位置から聴こえるはずです。(左右チャンネルの周波数特性が異なっている場合のシミュレーションです)
左右チャンネルの周波数特性の違いを確かめる簡単な方法
ルームアコースティックの影響により左右チャンネルの周波数特性が異なってしまう、このことが原因で音像定位感が損なわれることについて紹介しました。
自分の聴いている環境で左右チャンネルの周波数特性が一致しているのかどうかはピンクノイズで簡単に確認することができるので是非試してみてください。
ピンクノイズを左右片チャンネルずつ別々に再生して、同じ音かとうかを確認するだけです。
PCならRoom EQ Wizardのジェネレーターでピンクノイズを再生できます。今回の場合はピンクノイズの代わりにホワイトノイズでも構わないのでわかりやすい方を使えば良いでしょう。
ジェネレーターの「Noise」から「Pink random」を選び「Full range」(画面上赤枠)で再生します。その他のSub Cal、Speaker Cal、CTA -2034等で試すのも良いでしょう。出力チャンネルは「Output」(画面下赤枠)で切り替えます。
通常は左右チャンネルで同じ音にはなりません。また、音にうねりを感じたら周波数特性にピークやディップが発生している可能性があります。Room EQ Wizardは測定用マイクを使って各チャンネルの周波数特性をグラフ表示することができるので具体的な状態を把握することができます。これを元にルームアコースティックに応じたイコライジングをすることで、左右チャンネルのピンクノイズの音が近づきます。音のうねりも改善されます。結果、音像定位を含む音質改善ができます。
まとめ
ルームアコースティックを最適化していない一般的な環境でスピーカーから音楽を聴くと、左右チャンネルの周波数特性は99%不揃になります。(同じスピーカーを左右に置いているのに、結果的には左右異なるスピーカーを使っているようなものです。)
左右チャンネルの周波数特性が異なると1つのパートの楽器でも音の高さによって聴こえてくる左右方向の位置が異なってくるので、音像定位が不明瞭になります。
左右チャンネルの周波数特性を揃えることで、音像定位は見違えるほどに改善します。フルレンジスピーカーだから同軸スピーカーだからといって決して定位感が良くなるとは限らないことに注意してください。
左右チャンネルの周波数特性が揃っているかどうかを確かめる確実な方法は、測定用マイクを使って測定してみることです。
左右チャンネルの周波数特性を揃える確実な方法は、イコライザーで補正することです。
周波数特性に大きな山や谷が生じる原因は定在波です。定在波は定位の他にも多くの問題を引き起こすので、定在波を解決して良い音(音楽メディアに入っている本来の音)で音楽を楽しみましょう。
ルームチューニングで左右チャンネルの周波数特性を整えると、音像定位の優れたスピーカーの持ち味が一層発揮されるようになります。