スピーカーで高音質に聴きたくて、スピーカー自体やスピーカーケーブル、インシュレーターを買い替えて音響パネルも設置したけれど期待した効果は得られなかった、そんな経験はありませんか?初めてスピーカーを使ってみたがヘッドホンの方が高音質だったと感じていませんか?
ヘッドホンやイヤホンと異なりスピーカーの場合は、スピーカーから直接届いている音だけを聴いているわけではありません。あまり意識することはないでしょうが、スピーカーから壁などに届いた音は反射してその反射した音も一緒に聴いています。そして通常は直接音よりもむしろ反射音を多く聴いていると言われています。
この反射音は上手に処理しないと音質に様々な悪影響を及ぼすので、スピーカーの音質向上には反射音対策が最重要の課題となります。
この記事を読めば、反射音が具体的にどんな音質劣化を招いているのか、どうすれば劣化を防ぐことができるのかを知ることができます。
スピーカーで聴いている音はダメージを受けた音
スピーカーで聴いている音は想像を絶するほどにダメージを受けて原形を留めていません。
このことを簡単に確認できる方法があります。一定の音量で低い音から高い音までをシームレスに連続再生するスイープ信号を聴いてみることです。
スイープ信号やその他のテスト信号を使ったサウンドチェックの方法は次の記事をご覧ください。
スイープ信号を再生してどの高さの音も同じ音量に聴こえれば問題ないのですが、99.9%の確率で同じ音量には聴こえません。再生途中のどこか(主に低い音の数箇所)で不自然に大きい音が聴こえていることと思います。
もしもどの高さも均等に聴こえたならば、もう一度注意深く聴いてみてください。
同じ音量にならない状態をイメージにすると下の図のようになります。
次にヘッドホンかイヤホンでスイープ音を聴いてみてください。低い音から高い音まで同じ音量で聴こえるはずです。つまりスピーカーで聴いた場合に限って同じ音量にならないということです。
それではスピーカーが問題でスイープ音が均等に聴こえないのでしょうか?
レコーディングスタジオでも評判の高いモニタースピーカーADAM Audio S2Vの製品ページに掲載されている周波数特性は下のグラフからわかるようにみごとにフラットな特性(±1dB程度)ですが、このADAM Audio S2Vでさえ一般的な部屋でスイープ音を再生してみると同じ音量では聴こえず数か所で不自然に大きな音がします。
測定してみれば歪みは一目瞭然
スイープ信号をスピーカーで再生して不自然に大きな音に気づかなくても、測定用マイクiSEMcon EMX-7150を使って周波数特性を可視化すると均等な音量になっていないことは一目瞭然です。
スイープ信号を再生してそのライン出力(電気信号)を測定した場合と、いつもスピーカーで聴いているリスニングポジションに測定用マイクを立てて測定した場合の違いを下のグラフでご覧ください。
スイープ信号のライン出力を測定してみると、先の「スイープ信号の概念図」のとおりに低い音から高い音まで見事な水平線になっていることがわかります(緑色の線)。※ライン出力の段階では歪んでいないということです
一方、リスニングポジションで測定用マイクを使って測定した結果は、実際の音を聴いた時と同じく2か所(120Hzあたりと210Hzあたり)に大きな山(ピーク)が見られ、原音(スイープ信号)とは大きく逸脱しています。
いかがでしょうか。先にお話ししたとおりにスピーカーで聴いている音は想像を絶する差異(=歪み)になっていることが視覚的にもよくわかります。決して悪戯に危機感を煽っているわけではないこともご理解いただけたことでしょう。
周波数特性にピークが発生する理由
それではスピーカーで聴くと何故このような歪み(周波数特性の乱れ)が起こるのでしょうか?
通常、スピーカーで音楽を聴いている空間は壁や床、天井で囲まれています。スピーカーに限らず音は壁や床、天井で跳ね返ります。向かい合った壁や床と天井では音の跳ね返り(反射)が繰り返されて徐々に減衰します。
スピーカーで音楽を聴いている場合は、スピーカーからリスナーに直接届く音(直接音)と壁や床・天井で起こる反射音を同時に聴いていることになります。そして部屋のサイズや形状によって反射が起こりやすい周波数(音の高さ)が決まってきます。また、壁面の材質や形状などによって反射の度合いが決まってきます。反射が起こりやすい周波数は、スピーカーから放出された音の何倍にも増幅されて耳元に届きます。これが原因で、リスナーは元の音とはかけ離れた歪んだ状態で聴かされる羽目になっているのです。
理屈はともあれ、通常の部屋に設置したスピーカーで音楽を聴く場合は原音とはかけ離れた音を聴いているのだということは、前述のスイープ信号の試聴で体感していただけたと思います。
スピーカーで音楽を聴く場合は、反射音も同時に聴いている
反射音の影響で特定の高さの音が何倍にも増幅されて聴こえている
周波数特性にピークがあることのデメリット
いくら高音質なスピーカーを使っても、耳元で聴いている音の周波数特性にピークがあると音楽(音源)の魅力は著しく低下してしまいます。単純な音であるスイープ信号でさえスピーカーでは歪んで聴こえるのですから、より複雑な情報を持つ音楽の場合は推して知るべしです。
では具体的にどのような望ましくない状態になっているのでしょうか?
デメリット
- 不自然な箇所にアクセントが付いて演奏に違和感が生じる(本来の演奏表現ではなくなる)
- 楽器や声の音色が変わる(劣化する)
- 音がこもって全部の音が聴こえない
- 定位感が損なわれ、臨場感、空気感がなくなる
デメリット1:本来と異なる箇所にアクセントが付き違和感のある演奏
スイープ信号でいびつに聴こえた特定の高さの音は、音楽の場合はその音程を演奏する箇所が異常に強調されて聴こえるので、本来の演奏とは異なる箇所にアクセントがついてしまってとても不自然で違和感のある演奏になります。
※オーディナリーサウンドの部屋の場合は、ニール・ヤングのDown by the Riverのベースに変なアクセントが付きます
話はオリジナル版の方なんですが、スピーカーで聴いているとこの曲のベースの演奏が気になりませんか?4小節目(0分12秒)からベースは入りますが、演奏の最初から最後まで一貫してB(シ)の音に不自然なアクセントがついています。※環境(部屋や再生装置)によって必ずこのようになるとは限りません。
この違和感のあるベース演奏の再生音は、波形やスペクトラムアナライザーで視覚的に確認することができます。
スペクトラムアナライザーで変なアクセントの原因を見つける
不自然なアクセントがついているB(シ)は3弦2フレットの音で周波数で言うと62Hzです。
ソース(音楽ファイル)をスペクトラムアナライザーで見ると62Hzや倍音となる124Hzにピークは見られません。
演奏がヘタなわけではありませんでした(当たり前ですね)。※ヘッドホンで聴いてみてもB(シ)にアクセントがないことは確認できます。
ソースが問題ないとなると、再生装置を含む下流の問題ということになります。そこでマイクで拾ったスピーカーの音(スピーカー正面10cm)をスペクトラムアナライザーで見てみました。
ここまでの結果から再生装置の何れかに問題があると早とちりしてはいけません。次に実際に聴いている位置(リスニングポジション)でマイク測定するとこのとおりです。
リスニングポジションで測ると、スピーカー近くの測定で見られた124Hz付近のピークが更に顕著になっています。聴感上の印象とマイク測定の結果が一致しています。
3つの計測ポイント(ソース、スピーカー出力音、リスニングポジション)でのスペクトラムアナライザーを比較するとはっきりわかりますが、ベース演奏をヘタに聴かせていたのは部屋の反射音でした。
波形で変なアクセントの原因を見つける
波形編集ソフトでソース(音楽ファイル)と、リスニングポジションでスピーカーから録音した音を並べて表示しても、スピーカー再生で「シ」の音にアクセントが付いていることがはっきりわかります。
次の画像は波形編集ソフトのAudacityでソース(上段)、スピーカーを録音(下段)を表示させたものです。比較としてイコライザーで最適化済みのスピーカーの音を録音したもの(中段)を表示しています。
上段の波形と下段の波形を比べれば「シ」の音(枠で囲った部分)の音量差は歴然です。一方、最適化済みのスピーカーの音(中段)は上段の波形(ソース)と変わらないこともおわかりいただけるでしょう。
測定してみれば歪みは一目瞭然では客観性を得るために可聴域(20Hz~20kHz)を均一な音圧で測定しましたが実際の音楽の場合は更に顕著な結果となり、部屋の影響の対策は避けて通れないことは歴然としています。
音質云々を語る以前に、本来の演奏表現さえ再現できていないということです。
今回、1つの曲を題材にしましたが、この曲(Down by the River)に限ったことではありません。エミル―・ハリスのMr. Sandmanもベースの音圧むらが気になる1曲です。イーグルスのHotel California(アンプラグド版)も部屋によっては思わぬ結果(地響きのような音)がします。
デメリット2: 音色が変わる
また音圧の違和感(不自然なアクセント)以外にも音色に違和感の出る曲もあります。
周波数特性の乱れ(ピーク発生)は、楽器やボーカルの音色が変わってしまう原因になります。楽器や人の声など自然界の音は1つの音の高さだけではなくそれ以外の音の高さも含まれていてその混ざり具合によって音色が決まる訳ですが、特定の音程だけが強調されると音色まで変わってしまうのです。
※アリシア・キーズのDoesn’t Mean Anythingのキック(バスドラ)の音色が不自然に甲高くなります
(音量の変化ではなく)音色の変化は波形でパッと見てもわからないので、Audacityの周波数解析機能で比較しました。
周波数解析機能はスペクトラムアナライザーと同様に音の成分としての周波数分布をグラフ化したものです。次の画像の右がソースで左がリスニングポジションの周波数分布です。
100Hz~400Hzにかけての2つのグラフの差異が音色の変化として現れています。(試しにソースに対して100Hz~400Hzをイコライザーでブーストしてみるとリスニングポジションの音に近くなることがわかります)
この曲は音色の変化がわかりやすい代表的な例ですが、特定の周波数帯域にピークがあるとあらゆる曲の音色は多少なりとも変化します(=本来の音色で聴けていないということです)。
これも音質云々以前の問題です。
デメリット3: 音がこもる
周波数特性にピークがあると音がこもるという、更にこれも全くありがたくない現象が起こります。これはマスキング効果と呼ばれ、大きな音よりも少し高い音が聴感上かき消されて聴こえなくなることを指します。スピーカーで聴く音がヘッドホンやイヤホンで聴く場合よりもこもると感じたら、マスキング効果の影響である可能性があります。
※好事例がパッと思い浮かばず申し訳ありませんが、例えばギターのカッティング音がかき消されたりします
デメリット4:定位感、空気感、臨場感が損なわれる
周波数特性の乱れは上記に留まりません。聴く音源がステレオであれモノラルであれ使っているオーディオ装置がステレオの場合は、定位感が損なわれてこれに伴って空気感、臨場感が損なわれるといった数々のデメリットが生じてしまいます。
※モノラルの場合は本来は定位そのものの概念がないはずですが、最適化されていないステレオ装置で聴くと音像がぶれることにより不鮮明な音になります。
イエスのRoundaboutのベースとキック(バスドラ)がもごもごとダンゴになります。
定位感が損なわれる点については別記事として音像定位が不明瞭な原因の1つは不揃いな左右チャンネルの周波数特性を読んでください。
- 実際に再生している音楽は、測定信号(スイープ信号等)で検証するよりも部屋の悪影響が顕著となる
- 部屋の悪影響をクリアせずに高音質再生を実現することは不可能
- 聴感だけに頼っていては課題(高音質化のために成すべきこと)は見えてこない
歪みを取り去ると本来の音が復活→音質向上
このように反射音は周波数特性が乱れてフラットでなくなるといったカタログスペック的なデメリットだけに留まらず音質面にも大きく悪影響します。
妙なアクセント・音色変化や情報量・解像度の低下、定位の低下、空気感の低下など音源が本来持っている音楽の魅力をスポイルする大きなマイナス要因になっています。
このような問題を取り除いて音楽ファイル、CD、レコードなどの音源本来の音を再現することで聴感上は音質が向上した(高音質になった)と感じるようになります。正確には高音質になったわけではなく、オーディオシステムの本来の能力を引き出してそのオーディオシステムで出来得る音源の再現性が最大化されるということです。
音楽再生に使うオーディオ機器も同じことです。
様々なオーディオアクセサリーを駆使したところで部屋の起こす周波数特性の乱れを正すことなど不可能です。
問題を解決して音質向上するために必要なことは、測定による現状把握と室内音響補正です。
測定の手順をパスして闇雲に補正することはおすすめしません。最初の手順として測定することで修正ポイントを的確につかむことができます。
測定を終えたら室内音響補正に着手します。手段は様々ですからどの方法にするか十分に検討してください。
室内音響補正として広く一般におすすめするのがイコライザーによる補正です。
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